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村史「新聞資料編より」 コラム 二字併称 旧中城村の字の併称で、世に聞こえていたのは、荻道大城であろう。明治末年にできて、その後、芝居で盛んに歌い踊られた「挽物口説」の道行歌に「荻堂大城の坂」として登場している。 津波…あの坂、何でいゆる坂だやべるが。 主 …あれやよう 津波、荻堂大城の坂んで、いゆんてんどう。 津波:あんす高さる坂んあやべさや。 名をなす坂であったので、那覇の芝居に利用されたのであろう。 その他、併称される字名には、喜舎場仲順、和仁屋熱田、比嘉島袋、伊集和宇慶、添石伊舎堂、久場泊が聞ける。屋取集落では、屋宜原大平が連呼される。 沖縄における二村併称について、東恩納寛惇の『南島風土記』には、併称は古くからあり、その際併称される地名の後が主体で、前のは単に意味を限定するだけの役しか勤めてない、とある。先述の連称例は、古くはどうだったのだろうか。現在は併称される字名は対等の意味、価値を有して、軽重は感じられない。 併称は前の音節が短く、後のが長い音節の構成になっているといわれる。本村の例もそういう併称構成になっている。和仁屋熱田、比嘉島袋は、行政上の順序とは逆になっているのも音調の便法によるのだろう。二字連称は、公称では使用されず、隣接して生活習慣や言葉などが類似しているので親しみを込めて口唱しているようだ。 (大城盛光) |
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