北中城村
平和で人と緑が輝く 健康長寿と文化の村 きたなかぐすく
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観光案内
北中城村の文化財
和仁屋間のテラ
 

受け継いできたもの守り伝えるもの
北中城村には、先人たちから受け継いできた文化財が各地に残っています。それぞれの文化財はいわば北中城村の歴史・文化の証人であり、シンボルです。そして、歴史や文化は単に過去の出来事ではなく、先人たちや未来の人々と時間をこえて共有できる財産なのです。私たちはその価値を再認識するとともに、子々孫々へと大切に伝えていかなければなりません。

Preserving our inheritance
Many cultural properties that were inherited from our ancestors exist in different parts of Kitanakagusuku. Each one is a symbol of the history and culture of our village, and is an asset that is shared over time by both our ancestors and posterity. We aim to renew awareness of the value in these properties and communicate their importance to our children and grandchildren.


ふるさとに残る心と魂の形。
 
荻堂貝塚 [荻堂貝塚] 国指定有形民俗文化財
集落の北側丘陵の崖下に形成された今から約3,500年前の貝塚。1919年(大正8年)に発掘調査が行われ、土器、石器、骨器、貝殻やイノシシ・ジュゴン・犬の骨が出土した。
Ogido Shell Mound
This shell mound was created about 3,500 years ago at the base of a cliff in the northern hills of the village. It was excavated in 1919 and earthenware,implements made of stone and bone, shells, and the bones of wild boar, dugong, and dogs were found.
和仁屋間のテラ [和仁屋間のテラ] 県指定有形民俗文化財
琉球国由来記によると、このテラは渡口村の高時という人が建立したといわれる。権現信仰の受け入れと変わり方を知るうえで貴重 な配所である。
Waniyama no Tera
This was built by a man named Takatoki from the village of Toguchi, according to Ryukyu-Yurai-Ki (chronicle of the Ryukyus) This precious sacred site is evidence of the introduction of and changes over time in Gongen, the belief that Shinto gods are manifestations or avatars of Buddhist gods.

ナスの御嶽 [ナスの御嶽] 村指定史跡
「琉球国由来記」によるとここに祀られている神は「ナスツカサ御イベ」で、安谷屋ノロが祭祀を司っていた。奥の岩の上には、舜天・舜馬順煕・義本の三王を葬ったとされる墓がある。
Nasu no Utaki
According to Ryukyu-Yurai-Ki (chronicle of the Ryukyus), the deity enshrined here is Nasutsukasa Oibe, and the enshrinement was presided over by a man named Adaniya Noro. Three kings are entombed above the rear stone-Shunten, Shunba Junki, and Gihon.
中城若松の墓 [中城若松の墓] 村指定史跡
中城若松は、安谷屋の若松ともいい、尚円王と安谷屋ノロとのあいだに生まれた子といわれる。墓は安谷屋のシンボルでもある通称ユナハンの頂上にある。
Grave of Nakagusuku Wakamatsu
Nakagusuku Wakamatsu was also known as Adaniya Wakamatsu, and was the child of King Shoen and Adaniya Noro. The grave is located at the top of the hill, which is commonly known as "Yunahan". a symbol of Adaniya.
渡口の梵字碑 [渡口の梵字碑] 村指定有形民俗文化財
梵宇とは、古代インドの言語を記載するのに用いた文字である。この碑には、ア・ビ・ラ・ウン・ケンと刻まれている。
Toguchi no Bonjihi(Sanskrit Monument)
Sanskrit is the language used in ancient India, and on this monument are engraved several sanskrit letters: a,bi,ra,un,and ken.
 
石獅子 [石獅子]
喜舎場公園内にある。長さ102cm、高さ52cm。もともとは、集落の西はずれから安谷屋の北側にあったカニサンと呼ばれていた大きな石灰岩の岩に向かって据えられていた。
Ishijishi
Located in Kishaba Park, this statue is 1.02 meters long and 52 centimeters tall. Originally it was positioned to face a huge limestone rock named"Kanisan"that was located between the western end of the village and the northern side of Adaniya.
仲順大主の墓 [仲順大主の墓]
墓は琉球石灰岩の岩根を掘り込んでつくられている。伝承によると仲順大主は、今から約700年前に仲順を統治していた人物で、人々から深く啓慕されていたという。
Grave of Chunjun Ufushu
This grave was made by digging into the base of Ryukyu limestone. According to legend,Chunjun Ufushu was a ruler of Chunjun,who was much loved by the people he governed.
 
上の御嶽 [上の御嶽]
渡口みどり公園内にある拝所。和仁屋御願(ワナウガン)ともいう。一帯は、和仁屋の発祥の地といわれている。祠は、屋根、壁とも一枚のサンゴ石灰岩でできている。
li no Utaki
A sacred site within Toguchi Midori Park. It is also known as Wanaugan.The area is known as the birthplace of Waniya.The shrine's roof and walls are made from a single slab of coral limestone.
九年堂の御嶽 [九年堂の御嶽]
この御嶽を崇拝する同一族が、御嶽一帯を整備するのに9年の歳月を要したので、九年堂の御嶽と呼ばれるようになったという。
Kunendo no Utaki
"Kunen" means "nine years," and it is believed to have taken worshippers nine years to build the entire shrine, from which the shrine takes its name.
 
マーカーの御嶽 [マーカーの御嶽]
島袋の集落の発祥は、上原山(イーバルザン)の東側の真川原といわれており、この御嶽はその頃の集落の腰当てであった。
Maka Utaki
The origins of the community of Shimabukuro are said to be in Makabaru, the east of Mt. Ibaruzan. This shrine was venerated by village people in ancient times.
熱田マーシリー [熱田マーシリー]
具志頭間切の美男子・白川桃原樽金と勝連間切浜村の美女・浜川真鍋樽がお互いに恋したが、結ばれることなく二人とも焦がれ死にし、遺言によってここに合葬したという。
Atta Mashiri
The story is told that a handsome man (Shirakawa Tobarutarugani from Gushichan Magiri) fell in love with a beautiful woman (Hamakawa Manabidaru from Katsuren Magirihama-son) who loved him back, but the two were not permitted to marry so in their wills they asked to be buried together here.
■北中城村の文化財一覧
 

●喜舎場公の墓
●上の井戸(イーヌカー)
●喜舎場の石獅子(シーサー)
●イラブーガー
●王妃御墓(ウナサラウハカ)
●ウフカー
●喜屋武家住宅
●龕屋(ガンヤー)
●ヒニグスク
●獅子舞い
●棒術
●ナスの御嶽
●仲順大主の墓
●上門ガー
●ウフカー
●島根殿
●アガリユーヌウトゥシドゥクル
●口山石敢當
●熱田マーシリー
●熱田シー
●コーヤー(龕屋)
●南島(フェーヌシマ)
●カンサギ
●エーガー
●宮城御嶽(ナーグスクウタキ)
●宮城之殿(ナーグスクヌトゥン)
●上の御嶽(イーヌウタキ)
●クミシ嶽(ダキ)
●渡口の印部土手石(しるべどていし)
●渡口の梵字の碑(アビラウンケン)
●渡口洞穴遺跡
●和仁屋間のテラ
●ヒルギ群落
●九年堂の御嶽
●マーカーの御嶽
●梵字の碑(カンマン)
●梵字の碑(カンマン)
●梵字の碑(ボロン)
●梵字の碑(ウン)
●タンパラガー
●赤木名節
●屋宜原の印部土手石(ハル石)
●イチマシビラの石畳道
●中城若松の墓
●根所火の神
●安谷屋グスク
●上の御嶽
●ミートゥガー
●タカヒージャー
●アカイ玉御墓
●荻堂貝塚
●ヒージャーガー
●梵字の碑 シロキエン
●大城グスク
●ミーグスクの火の神
●イリヌカー
●チブガー
●喜友名根所(チュンナーニードゥクル)
●中村家住宅
●伊寿留按司の墓

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